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犠牲にするもの(^-^;

何かを求めた時に

それを手に入れる為に

何かを犠牲にしないとダメな時

全てを捨て求めるモノを

手に入れようと思いますか?

何処までなら犠牲を払えるだろうか?

十代の終わりからクライミング(オリンピック競技になったフリークライミングではない)
に興味を持ち、
ちゃんとした山岳会に入りました。

その頃、アルプス級の山で行われるアルパインクライミングを目指す者は、

より高く、より困難を目指し明けても暮れても
クライミングの事だけ。

球技や陸上、体を動かすのは好きで色々やって来たが何れも今一な感じ。
しかし、クライミングは違った
始めて行ったゲレンデと呼ばれる小さな練習用の岩場では先輩より難しいルートを登れた。

小さな頃より家庭環境などでゴタゴタして、
自分の存在は?周りの奴等に自分の存在を
知らしめ、何かの形で自己主張したかった。

クライミングはそんな自分にピッタリだと
思ったし、次々とグレードアップして
登る達成感、優越感に酔っていたかな?

国内の山、ルートをそこそこ登ると海外に行きたくなる。
彼女を捨て、一部上場の企業に勤めて居たが会社も捨てた。

そんな時、国内のどうって事ない足馴し程度のルートで岩雪崩れにやられ、始めての遭難。

大袈裟な言い方をすると、神をも恐れずバリバリ登っていたから、まさか自分が遭難するとは考えもしなかった。

二十代半ばの事、この事により恐怖と言うモノを覚える。
危ない目に会う事は、以後、何度もあったが、
遭難して救助されたのは、これ一回m(__)m

結局、山、クライミングにのめり込み大企業を三回も退職し、四人の彼女を捨てる。
学生時代からの友達とも疎遠になり、
山、クライミングとその仲間だけが残った。
30を前に山岳救助隊のクライミング指導員に勧誘されたり、都岳連のレスキューを2年務めた。
山、クライミングは趣味なんかじゃなく、
自分の生きて来た人生になったかな?
およそ20年クライミングが生活の中で一番優先されるモノであり続けていた。

野球少年が王、長嶋に憧れるよう、
自分の王、長嶋はイヴォン シュイナード、ワルター セキネルである。

94年に積雪期の利尻岳のバリエーションルートを登った。
核心部、先行パーティーに追い付き順番待ちになる、先行者は空身で二時間掛かって居たが、自分は30キロ背負ったまま、15分で登った。
翌年だったかな?
兼ねてから狙っていた、南アルプス荒川出会い三ルンゼ 夢のブライダルベールが凍ったと聞き登った。
この二本は最高のパートナーと最高のパフォーマンス、自分のクライミング人生で会心のクライミングである。
もう二度と出来ないと思う。

気が付くと四十に手が届くようになっちゃって
山で一番良い拾いモノ、今のカミさんと一緒になりました。
自分と言う人間を自分以上に理解してくれている彼女、キッパリとクライミング止めてますよ。
嫌な家庭で生まれ育ったから
自分はそうならないよう、何よりも家庭を大切にしたい。
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甲斐駒ヶ岳はいいねぇ、赤石沢でも登りたいなぁ
バイクも許してくれたし、クライミングしたいと言えばやらせてくれるでしょう。
でもね、本当に最近思う、カミさんや子供達と、
もっと一緒に居たい、死にたくないって。
山やバイクで何人も仲間や知り合いを亡くしたのに、わがままだなぁ、ずるいなぁ、って思うけど。
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プロフィール

タテハ☆

Author:タテハ☆
生まれ育った都会を抜け出し、ちょっと田舎暮らし。
大好きな自然、広い空、見渡す山並。
若き頃のようにオフロードバイクへリターンして、アウトドアのフィールドで遊んでます。

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